シロクマのしあわせ練習帖

朝空写真と脳内排出、ときどき夜空

少年よ、大志を抱くより青空を見上げよ!

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謹賀新年

昨晩遅くに初詣に出かけたため、若干朝寝坊の年明けとなった。まぁよい。人間急には変われないものだ。毎年恒例の、息子含めた男子3人と初詣に出かけ、今朝は早くにでかけるとのことで、おせちを盛り付ける余裕もなく保存容器に入ったままの状態をつまんで行った。わたしは、残り物をそれっぽく盛り付けて新年を祝う。

Amazon prime musicでお正月っぽい音楽を流しながら、ひとり青空を観ながら食べるおせちは、なんだかそれだけで神聖に感じるわけで。形式なんて気にせず、自由なスタイルで迎えた元旦だった。

東京の正月は好きだ。もっと言えば東京の冬が好きだ。太平洋側で育ち、日本海側で長く生きてきたけれど、やはりわたしには太平洋側の気候が肌に合う。息子は日本海側の鉛色の曇天も好きだという。あれはあれで趣があるのはわかるのだが、肌に合う合わないとは別の話である。

日照時間が最短の故郷。そこに住む人に罪はないのだが、やはり人は太陽からエネルギーをもらっているわけで。日照時間の短さが、短命や心身不調に影響が及んでいることを自覚して生きていかなければならないのだ。

シータは言った。ー 土から離れては生きられないのよ!

その言葉を借りるならば、太陽から離れては生きられないのよ、である。

我が故郷の民は、晴天休暇を設けるべきだと突拍子もないことを元旦早々に思いつく。南の島の大王は雨が降ったらお休みだというが、我が故郷の民は晴れたら休みにすりゃぁいい。

いや、都会の民もせっかくの太陽を浴びずに生きているではないか。せっかくの晴天に気づかずに、昼でも電気を付けなければならないビルの谷間で生きている民の多いことよ。もったいない。太陽に失礼でしょうかっ!

書を捨てよ!青空を見上げよ!

陽にあたりながら一杯の珈琲を飲む至福。気温は極寒であるはずなのに、陽があたる脛は暑さに耐えられずに手で覆ってしまう。太陽は北風にも負けないのである。

世界中で太陽を司る神がトップに君臨する意味がわかったきがした、2022年の元旦であった。

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