シロクマのしあわせ練習帖

朝空写真と脳内排出、ときどき夜空

認めたくないものだな 自分自身の老い故の過ちというものを

f:id:clara-stoopman:20220120073802j:plain西の空に白い月。大抵の人は新しい朝の始まりを知らせる朝日を観る。太陽が沈んだ後、登り始めた輝かしい月に、眠りにつく前に人々は感銘を受けるが、頂点まで上りつめたあと沈みゆく月を誰も見ない。引き際の美しさは、無駄にあがかないところにある。山口百恵が絶頂期に引退をし、その後一切メディアにでなかったように。一度退くと決めたら、二度と出てこないという美学もあるだろう。逆に、そのステージに死ぬまでい続けるという美学もあるだろう。なんのためにそこに居続けるのか、もしくは退くのかは自分が決めたことなのだから、だれにも何も言われる筋合いはない。ただ、それを美しいと思う人間がいるだけのことなのだ。

立場はなんであれ、何のためにこんなことをしているのかわからなくなり、ふと自分のしていることが無駄なような気がしてしまう時があるのは、だれにでもあることだ。

当然私にも訪れる。それでも自分が決めたことだからと作業を続けるわけなのだが、ふと今まで「コト」が続かなかった理由はここにあるのかということに気づく。

なんの意味があるのかと疑問を抱いたその状態が数日続くと、私の中でムダ警報が鳴り、すぐにムダ警察が取り締まりにかかる。逃げ続ける自我が、初志に助けを求めたところで、つかまり、検察に納得のいく説明と証拠を提示できなれば、すぐに有罪判決となり牢獄へ送られる。私が続かない理由はそこにあるのだ。

なぜ自我も初志も、検察の納得いく説明や証拠を提示できないのか。それは計画不足である。それをすることによって、何が得られるのか、どんなメリットがあるのか「初志」が認識していなければ、迷い始めた自我を助けることなどできないのである。思いつきで行動するという現象は、こういうことなのか。弁護側がクソならば、「なんのために?」と検察側が問いただした時に、99.9%諦めてしまうことになるのだ。0.1%の成功者は、優秀な初志という弁護士が支えていることになる。

若干無理あるたとえではあったが、自分の中で腹落ちした。「なんのために」を明確にし、口約束ではなく書面に残しておくことで、トラブル回避や契約不履行が避けられるわけなのだ。

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昨日、数年ぶりにカラオケに行った。歌えない、踊れない、のれない、楽しめない。20代の若者に選曲を気遣わせ、上司が部下をカラオケに連れて行って逆に疲れさせている残念なパターン。ババァになったねと笑うどころのレベルではない老化現象。いや老害にも似たその状態に、「衰退」の二文字が駆け巡り、全自分の中で活動している初志たちを襲い始めている。朗読をするという目標のために発声練習や何か配信を始めようなどと思っている初志はもちろんのこと、なんの関係もない簿記の勉強を始めた初志、ブログを始めた初志、朝日記を始めた初志、Twitterを始めた初志、あらゆる初志たちがザワ付き始めたのだ。

出来なくなったことにしがみつくよりも、今できることを伸ばせばよいだけのことではないか。頭ではわかっている。己の老化を認めたとき、すべての人生は下り坂になるということを。

いや、逆なのか?己の老化を認めた時こそ、這い上がるための活力が生まれるのかもしれない。「認めたくないものだな 自分自身の老い故の過ちというものを 」。人生はあがいてなんぼ。生き恥晒してまるもうけなのだ。

あぁ、残念な大人の悪い癖である。論破できずに精神論だけで突破しようとする悪い大人の思考回路。会社にいたら絶対に邪魔な存在。よい上司やデキる社員は、得意ではないことに無駄な努力をせず、得意な人間に委託する。適材適所を知り、結果を出す人に委託し、花を持たせるだけでなくその喜びも共有する。そのいさぎよさを身に付けたらどうなのかね。さっさとわたしの辞書から「歌う」「踊る」「話す」という文字を削除したらいい。

結果を出す人は、自分ができないこととできることを知っている人である。

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