シロクマのしあわせ練習帖

朝空写真と脳内排出、ときどき夜空

立春大吉、新しい春の始まり

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寝不足が続いた金曜日は、目が覚めてもなかなか起床しない。マンションの小学生たちが元気に登校する声を聞きながら、定点のアサソラ写真を撮影する。今日は曇り空である。どうりでどんよりなわけだ。体は正直だ。環境のエネルギーをダイレクトに感じとる。ましてや疲れがたまっている体は、大気の変化にもいつも以上に敏感に反応する。

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暦の上では今日から春である。「春がくるたび大きくなれる」玄関先に飾っていたヒイラギを片付けながらHysteric blueの春~spring~が脳内でリフレインする。

「授業よりも食事よりももっと大切なコト、わたし・・・が好き」

歌詞は「歌が好き」となっているが、わたしは何が好きなのだろう。その人に才能があるかどうかの条件のひとつは、没頭できるほど好きかどうかで決まるという人がいた。寝食を忘れて没頭できるほど夢中になる、好きなことやものとはなんだろう。

そして、もうひとつ重要な条件は、そのことについて学べるかどうかだという。例えば、歌うことが好き、寝食を忘れるほどカラオケに行ったところで、他人から評価をしてもらい改善することができないのなら、才能はないということになる。

たとえ寝食を忘れて没頭したとしても、評価されるところに身を置くことをせずに没頭することは「自己満足」であり、それは「才能がある」ということではないのだ。才能を伸ばすためには、評価されるところで活動することは必須なのだ。

「没頭」×「評価(学習)」このセットを意識して「夢の断捨離」をしていこう。

評価の伴わない活動は単なる趣味であり、評価を恐れているうちは、仕事にはなりえないのである。

副業系アカウントによくみられる「精神論bot」。あんなん、若気の至りオナニーでしかなく、青春ポルノを見せられてる気分にしかならない。若けりゃまだ許せるものの、いい年こいた中年は見るに堪えかねない。中高年のオナニーなんて、ほぼ需要はないはずだ。自戒の念も込めて、今一度「評価されるところで活動する」ことを意識しよう。ダメ出しを恐れていては、学習どころか成長さえないのだから。

「こういう夢だしもう一度懸けたい、いつか・・・」

「賭ける」ではなく、「懸ける」である。

夢見るころはとっくに過ぎたが、ギャンブルばかりの人生はもう終わりにして、地に足つけた「新しい春」をスタートさせよう。

わたしはこの先何を趣味にして、何を仕事にしていくつもりだ?

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