Watana Bear's Life Makeovers

空の写真 と 脳内排出 ときどき しあわせ練習帖

金がすべてじゃないなんてキレイには言えない

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昨日上司にひとまず簿記3級の報告をした。2級に挑戦してからと思っていたので改まっての報告ではなく、残業終わりに気づけば数人しかいない状態だったので、雑談程度に話を持ち掛けた。

軽く「おめでとう」と流してくれると思っていたところ、資格取得でもらえる手当(一時金)の話を教えてくれた。3級ではでないが、2級では5万円が出るという。キャリア面談時にそんなことは微塵もチラつかせることはなかったのに、この人は、なんとニンジンをぶら下げるのがうまいのだろう。一気に出さずに小出しに出すパターンかよ。

受かる気しないので1回受けてダメなら・・・に対してのこのニンジン。しかも、キャリア面談で「やる気がないのではなく、才能がないのでTOEICは不可能、英語力の評価はゼロのままで」に対してのニンジンもチラつかせてきた。850点以上で15万円だと。

老後資金の貯金なんて1円もないわたしに、金の為なら何でもやるオンナと思ったのだろうか、いや、やるのよ、金の為ならなんでもやるよ。

さっそく、5万円の出来高に対しての原価を計算する。3級取得に1万ちょっと使っており、2級取得は、教科書、問題朱、過去問集、受験料・・・ざっと1万5千円。それに付随するもの含めて利益率44%+知識となるならまぁまぁよいか。

「金がすべてじゃないなんて、キレイには言えないわ」尾崎が昔歌っていたけれど、まさに結果生きていくためには金がすべてだ。生活拠点を置くだけで税金もかかる。金を稼ぐのにも税金を取られ、金を消費するのにも税金を取られ、山奥で自給自足と夢見る坊やもいるけれど、その山で生活する権利を手にするためには金が要るわけで。結局、何をするにも金がいる。

無意味に金が欲しいと言っているわけではない。必要最低限の暮らしを維持するために必要最低限のお金を調達し、ちょっとだけ人生の潤いのためのお金が欲しくなったというだけの話であって。

そんなささやかな潤いを手に入れる方法は、必要最低限自分にストレスのかからない手段を取るべきで、出世街道どころか、まともな雇用形態から外れることが多い「就職氷河期世代」の端くれならば、金の為なら死なない程度にラクして楽しんでナンボで生きていくべきなのだ。

他人の稼ぎや社会的地位に扶養されるというアテのならないものにすがり、家事育児に対価を求めながらぬるま湯につかっていた自分がはずかしいと思えるほど、金に貪欲になって経済的自立と安定を手に入れよう。

プライドや他人の目も評価も気にしない。

死ぬまで「金が対価になること」ならなんでも挑戦してみる。それがこの先の「楽しみにつながる」のならばなんでも。

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