シロクマのしあわせ練習帖

朝空写真と脳内排出、ときどき夜空

自分が図太いと思えることは、軸がしっかりしてきたということ

昨晩遅く、簿記2級の勉強が終わった後で、GWの短期集中勉強と試験日までの勉強計画を立てた。修行開始から前半のんびりしてしまったことと、騒音問題に動揺してしまったことが原因で、かなりキツキツになっている。

時間が足りないと思いつつも、立てた計画通りにやればなんとかなるという両極思考の自分がいることに気づく。

意外と図太い?

確かに、せっかく受けるのだから合格したい。しかも2級に合格すると会社から資格取得支援金的なものとして5万円がもらえる。直接経費としての教材費+受験料は、3級取得時から含めて二万五千円である。残りの二万五千円が報酬(労務費)ということになるのだが、もし不合格だったとしたら、二万五千円はドブに捨てることになり報酬はなしとなる。合格するまで受験するとしたら、報酬がどんどん減るだけのことなのだ。

資格取得は契約社員から正社員に変更するためのものだが、正社員化の合格条件は資格取得は必須ではないという言葉に胡坐をかいている自分がどこかにいるのだ。

今のモチベーションは完全に「教材費と受験料のモトを取り返す」が強かった。

モチベーションの100%がそれだというわけではなく、意外と簿記の勉強は面白かったことが継続していることにつながるわけなのだが、やはりどうしてここまで?と自分に聞いてみても、やはり原動力となるガソリンは「金」なのである。

自分の人生でどれほどの不良債権があるのかを実感し始め、この年になって今更だが親に申し訳ないと思うようになったのである。

残りの人生は、この不良債権の回収に尽力しよう。そう思い始めてもいるわけで。せめて、親が生きているうちに回収することができたら「親不孝の返上」となると信じて生きるようになった。

自分が子供にかけたお金は、浪費でも投機でもなく、投資だったと信じて生きているように、親もまた、死ぬまでにいつか返ってくると願っていることを信じて。たとえもう期待されていないと感じたとしても、いつの日かサプライズができればいい。

取り返したいのは金なのか、信用や名誉なのかもはやわからないけれど、それが生きるためのモチベーションになっているのなら、それはそれでいいではないか。

だれかのために生きているのではなく、自分がそうしたいと思って生きることが、案外図太くいられるコツなのだな。

図太くというと語弊があるかもしれないが、人間図太いくらいがしあわせなのだろう。

(988)