シロクマのしあわせ練習帖

朝空写真と脳内排出、ときどき夜空

わかると楽しい、できると嬉しい

窓を開ける季節になり、天井の騒音に加えて外の音もダイレクトに届くようになった。ノイズキャンセリングのタイミングを上手に切り分けながら、自分のことや簿記勉強に集中する時間を持てるようになった。

上階の騒音は「残念な人」をイメージすることから、幸運の「座敷わらし」をイメージするようになったことで、今を乗り越えたら大きな金運が訪れて、今の部屋よりも条件のよい(防音効果のあるSRC構造マンション)に引っ越せると思い込めるようになってきた。

人間、思い込みが大事とはよく言ったものである。

簿記2級の勉強が、教科書&動画講義の2巡目を終えた。簿記3級とは倍以上に感じる学習範囲の重圧と、3級では出てこなかった聞きなれない単語に混乱しながらもまずは全体を把握するために1巡した。

昨日2巡目に突入すると、久々に「わかると楽しい」を体験する。宇宙語にしか聞こえなかった解説も、何を言っているのかわかる。ただ、「なぜこういうことをするのか、を理解している」だけでは実践にはならず「どのようにやるのか、出来るようになる」ことができなければ試験は受からないわけだ。1巡目は回答を見ながら理解してきた教科書の練習問題を、実際に解き始めるとできないことに焦りを感じ始める。

2巡目は「できると嬉しい」を体験する回なのだな、と知った。

これは簿記学習に限らず、人生なんにでも当てはまることなんだなと、恥ずかしながら今更気づいたわけで。わたしはあまりこの「できると嬉しい」を体験する機会が少なかったような気がする。

ただ、死ぬまでに知らずにいなくてよかったことが救いだった。

まだ、いくらでもこの「できると嬉しい」を増やすことができる。そう思うとこの先の人生が楽しみに思えてくるから不思議である。

こんな些細な考え方、捉え方の違いひとつで「幸」と「辛」は分かれるのだな。

出来ないことがまだある。ワクワクするではないか。

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