シロクマのしあわせ練習帖

朝空写真と脳内排出、ときどき夜空

自己顕示欲でもなんでもなく存在意義のためだけに記録する

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修行初日となった昨日、ルーティンが少しだけ変わった。変化に弱いわたしは案の定、アサイチ書いているやることリストを書くのを忘れて業務を開始した。

昔のわたしなら、やると決めたことをやれなかったことに執着し、何をやらなきゃいけないんだっけ?と混乱したと思われる。

随分図太くなったものだが、それをわたしは成長だと思いたい。本当にやりたい、やらねばと思っていることから手を付ければいい。そう大きく構えて自由に過ごした。

簿記講座の動画鑑賞を終えた後、教科書に入る前に3分ダンシングをした。

88日間毎日撮影し、変化をタイムラプス的な動画にしたいと思ったからだ。日々Twitterにアップしたら、くそ笑える3分を提供できるかとおもったのだが、記録された動画は自分は自分をわらえるものの、客観的に見て「ばばぁがデカいケツを振って喘いでいる3分間」は意外とシュールだった。結果が出れば「へぇ」いいとこ「おぉ」となる動画になるのだろうが、結果がないうちはいたってシュール。乱暴に言えば「イタイだけ」だった。イメージとリアルの境界線には、三途の川よりデカいリバーがあるようだ。そのことに気づかずにうっかり暴走すれば、地獄に落ちる。

くわばら、くわばら。

最近よく口にするようになったので、調べておく。

くわ‐ばら〔くは‐〕【桑原】
1 桑を植えた広い畑。桑田。
2 (「くわばら、くわばら」の形で、感動詞的に)
㋐落雷を防ぐために唱えるまじない。
㋑嫌なことや災難を避けようとして唱えるまじない。
[補説]死後に雷神となったという菅原道真の領地桑原には落雷がなかったところからという。また、雷神が農家の井戸に落ちて農夫にふたをされてしまったとき、雷神が「自分は桑の木が嫌いなので、桑原と唱えたなら二度と落ちない」と誓った、という伝説によるともいう。

桑原とは - コトバンク

ダイエット記録の失敗は、リングフィットの動画撮影で経験済みだった。リングフィットの記録動画が伸びているのは、行為や結果ではなく「プレイしている人物」で再生数に幅が見られる。いいたくはないが、需要があるのは若くてかわいい女子なのだ。今でも悔しく思うのは、痩せることよりも先にあきらめた動画撮影だった。

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Logマニア。そんな言葉があるのかわからないが、わたしは何でも記録に残したがる。夏休みの朝顔の観察日記は続かなかったけれど、授業中窓から見える煙突の煙の観察記録は続いた。なんの意味があるの?と思われるような観察日記。需要はほとんどない。生活に役立つこともない。でも、そんな誰の目にも留まらないようなことを観察するのがすきだった。

そして、今、誰からも関心を向けられることのない自分を記録することに夢中だ。

写真撮影もそうだ。「いいね」がたくさんつくようなキレイな風景よりも、誰を目を向けないようなアンダーグラウンドな風景が好みだ。

新宿に居心地の良さを感じるのは、陽の当たる場所、陽の当らない場所が混在するカオスな街だからかもしれない。

地球というデカイ世界に身をおきながらも、目に見えない(入らない)世界で小さく生きる存在こそ、わたしは記録し続けたい。

埋もれるなよ、わたしは観ているよ、と伝えたい。

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